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Essay エッセイ
これから先
久しぶりに会った友達は、少し元気がなかった。二十代、夜通しネオンの明るい街で飲んで踊って遊んでいた彼のまわりには、いつも大勢の仲間がいたけど、今はひとりでいることが多いみたいだった。
気の合う古い友人が二、三人集まっただけで、彼はとてもうれしそうだった。いつも通り饒舌に、驚くほどの記憶力で当時の店や知り合いの名前を交えて、まるで昨日のことのように次々と四半世紀前のエピソードを話した。わたしたちは昔と同じように大きな声を立てて笑い、酒を飲んだ。
ふと話が途切れたとき、今まで一度も見せたことのないような真顔で、彼が言った。
「もう、これ以上長く生きてても、人生で、あんなに楽しいことってないと思うんだよな」
「そんなことない」わたしは言った。
「どうしてそんなことが言える?」彼が聞いた。
「どうしても」わたしは答えた。
「じゃあ何がある? これから先」彼は遠い目をした。
「わからない」わたしも遠い目をした。
未来にも、過去と同じか、さらに楽しいことがいくらでもあるはずだとか、生きていればかならずいいことがあるとか、そんなありふれた台詞は誰も口にしなかった。彼の言ったことは、そこにいる全員が、おそらく心のどこかでうすうす感じていることだったから。
こ れから先、どうなるのかわからないからこそ、信じていたい。たくさんの思い出を抱えて生きているわたしたちが、無自覚な昔の自分たちよりも不幸ではないことを。わたしたちは、以前より少しものを考えるようになっただけなのだと。
その夜の彼は、誰よりも正直だった。わたしは彼のことが昔よりもっと好きだと思った。これから先、わたしたちはずっと友達でいるだろう。何が起こっても、起こらなくても。
Photo by MUKAI MUNETOSHI
Tags:
四半世紀, 思い出, 未来, 過去