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Essay エッセイ

わたしのなかに残っている恋

わたしのなかに残っている恋

 ふとした瞬間、「あ、これは誰の癖だったっけ」と思うことがある。

 わたしのなかに残っている恋の思い出が、急旋回でよみがえる。

 何か言葉を口にしたり、何かを持ち上げたり、どこかに行こうとしたり、誰かとぶつかったり、空を見上げたり、車の助手席の窓を開けたり。

 何気ないわたしの動作のなかに、いつかの恋人たちの癖がちらりと見え隠れする。

 指折り数を数えるときの指の順番。

 映画館で選ぶ席。

 電話を切り際に残す余韻。

 グリーティングカードの最後の文句。

 レストランのメニューの見方。

 タクシーを拾うときの手の上げ方。

 誰かを呼び止めるときの声のかけ方。

 少し高いバーカウンターのスツールの座り方。

 退屈なときに窓外に視線を投げること。

 ワインを飲むまえに、香りを胸いっぱいに吸い込むこと。

 一緒にいる相手にわからないように、そっと腕時計を見るしぐさ。

 さよならの手に振り方。きっとまたすぐに会えるよ、と言っているような。

 何かの拍子に、わたしのなかに、昔の恋のかけらを見つける。どれも違う色で、違う形で、違う輝きをもつかけら。ふたつと同じものはない、この世にたったひとつのかけら。

 たくさんの恋のかけらが、今のわたしをつくっている。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

Tags:

恋, 癖

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