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Essay エッセイ

カーディガン大臣

カーディガン大臣

「朝晩は冷えますので、羽織るものを一枚、持って行かれるといいでしょう」

 こんな天気予報を聞くと、羽織るものを一枚、持って行かなくてもいい日もあるのかと、あらためて思う。なぜならわたしは一年中、羽織るものを持たずに出かける日なんて一日もないからだ。

春や秋の季節の変わり目はもちろん、真夏や真冬も、かならずカーディガンを一枚、バッグに入れている。ノースリーヴドレスと小さなパーティーバッグだけで外出できたらどんなにいいかと憧れるが、寒暖の差に滅法弱い身には叶わぬ夢である。

 毎日、毎日のことだから、どんな季節にも、どんな服装にも、どんなシチュエーションにも合うように、さまざまなカーディガンが必要になる。わたしのクローゼットには、カーディガン専用の引き出しが二段もあって、母からはずっと「カーディガン大臣」と言われてきた。

 その引き出しを開くと、黒、ベージュ、グレー系の合わせやすい色を中心に、白、紺、茶、水色、レモン色、ワインレッド、ピンク、エメラルドグリーン、色とりどりのカーディガンが並ぶ。それぞれ、カシミヤ、ウール、シルク、綿、麻、レーヨン、刺繍やビーズをあしらったもの、凝った透かし編みのもの、ファーのついた華やかなもの、さまざまな手触りとあたたかさをもって、おとなしく順番を待っている。

 大臣としては、贔屓などするつもりは毛頭ないが、どうしてもしょっちゅう出番が回ってくるものと滅多に取り出されることのないものが決まってしまう。それと、手にとってほれぼれと眺めては、また仕舞われるものも。新顔が増えたら、そのぶん減らさなければと思いながら、なかなかひとつも手放せない。気に入りのカーディガンをどこかでなくすと、何日かがっくり落ち込んでしまうくらい悲しい。

 出かけた先で、カーディガンを羽織ることもあるし、膝にかけるだけのときもあるし、そのまま持ち帰ることもある。実際、手を通す機会があるかどうかはあまり問題ではない。もはや、カーディガンはわたしにとって、持っていないと安心できない、お守りのような存在なのかもしれない。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

Tags:

お守り, カーディガン, クローゼット, 季節の変わり目

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