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Essay エッセイ
バレンタインデー
はじめてバレンタインデーにチョコレートを贈ったのは、たしか小学校の五年生のときだ。
同じクラスの美人で大人びた女の子がわたしをトイレに呼んで、「もうすぐバレンタインデーでしょ、〇〇くんにチョコあげるわよね?」と、とても断れないような言い方で言った。数日後、彼女がチョコレートも買ってきてくれて、彼とふたりきりで会う段取りまでつけてくれて、わたしは放課後の踊り場で、ピンクのリボンがかかったハート形のチョコレートを渡した。
相手は同じクラスの、両想いの男の子だった。彼女も同じように両想いの男子がいたから、ひとりであげるよりも仲間がほしかったのだろう。両想いといっても何せ当時の小学生だから、一緒に帰るでも手をつなぐでも長電話するでもない。授業中に目が合うとにこっと笑ったり、自由研究のグループを組むようなときにさりげなく一緒になったり、年賀状に特別なひと言を添えたりするくらいの、ささやかな「両想い」だった。
バレンタインデーをきっかけに、わたしたちが前よりもっと仲良くなれたのかどうか、もうよく憶えていない。かえってお互いに意識してしまって、自然と距離が離れていったような気もする。でも、わたしが好きな人とデートするようなときめきを感じたのは、あのバレンタインデーの午後が最初だったかもしれない。
それから今まで、数えきれないチョコレートを贈ってきた。片想いの先輩にドキドキしながら渡したラグビーボール形のチョコ、友達と一緒にわいわい作って仲良しの同級生に渡したハートチョコ、何とか想いを伝えたくて一生懸命焼いたチョコレートケーキ、仕事帰りのデパ地下に飛び込んで何十個も買った義理チョコ、ちょっと背伸びをして大人の彼に贈ったビターなトリュフチョコ、会いたくて会えなくて渡せなかったブラウニー、甘いものに目がない彼の大好物だった生チョコレート。ひとつひとつに、甘くてほろ苦い恋の思い出がいっぱいつまっている。
今恋人がいようといまいと、好きな人がいようといまいと、バレンタインデーは女性たちが少女のころのときめきを思い出す日だ。どんなに忙しい毎日でも、この日はかならず大切な男性にチョコレートを贈ろう。たとえいくつになっても、ひとりの女として恋愛ステージに立ち続ける、その証なのだから。
Photo by MUKAI MUNETOSHI
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チョコレート, トリュフ, バレンタインデー, ブラウニー, 両想い, 同級生, 年賀状, 恋愛ステージ