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Essay エッセイ

大みそか

大みそか

 子供のころ、大みそかが楽しみだった。「もういくつ寝るとお正月」ではなく、大みそかが来るのを心待ちにしていた。友達の家では、大みそかは家族そろって大掃除というのがふつうだったが、うちでは母が家中の掃除をするあいだ、父と兄とわたしは三人でその年最後の買い物に出かける。わたしはこのお出かけが一年中でいちばん好きだった。

 まず、四谷の有明屋で黒豆や栗きんとん、伊達巻やかまぼこ、常備用の梅干しや年始用の佃煮を買う。有明屋の黒豆には真っ赤なちょろぎの酢漬けがたくさんついていて、それがわたしの大好物だった。今でも我が家の正月には有明屋の黒豆が欠かせない。

 そのあと新宿の紀伊国屋書店に寄る。冬休みに読みたい本を三人であれこれ選び、ずらりと並んだ来年の手帳と日記帳のなかから今の気分にぴったりのものを見つける。母がいたら「日記なんてどうせ続かないんだから」とか「書く予定なんてないくせに」と言われてしまうものも、この日だけは買ってもらえる。実際は母の言う通りで、二月あたりからすっかり忘れられた手帳や、三日坊主であとは白紙の日記帳ばかりが残るのだが、毎年まっさらな手帳と日記帳を手にする喜びは特別なものだった。

 そして紀伊国屋書店の裏手にあるアドホックビルに行くのが決まりのコースだった。地下にサンリオギフトゲートができたときは、目の前に色とりどりの花畑が広がったようで目を見張り、思わず立ち尽くした。その花畑にわたしが長い時間をかけている一方、父と兄は男同士の語り合いでもしていたのだろうか。カゴに選りすぐったキティちゃんやパティ&ジミーを入れたわたしを、父は甘々な笑顔で、兄はあきれ顔で迎える。

 ノートやメモ帳、レターセット、ペンケースとおそろいの鉛筆や消しゴムなどに交じって、プラスティックでできたキティちゃんの指輪があった。当時百円ぐらいのものだったが、それを見たときだけ父は、できれば買いたくないような表情で手を止めた。そして、「身に着けるものは本物がいいよ」と言った。結局買ってもらいはしたが、父の言葉がひっかかっていたのか、その指輪をしたことは一度もなかった。年が明けた二月、わたしの十歳の誕生日に父は、小さな小さなダイヤが三粒飾られた細い金の指輪を贈ってくれた。身に着けるものは本物がいい。わたしがずっと守り続けている父の教えのひとつだ。

 父が亡くなったのは、わたしが十五の年の大みそかが来るちょうど十日前だった。父の死をうまく実感できなかったわたしは、葬儀でもほとんど泣いたり悲しんだりしなかった。その年の暮れ、何かの用事で兄とふたりで表参道を歩いていたとき、わたしは冷たい風にふと足を止めた。もう、あの大みそかは二度と来ないんだと思ったら、涙がこみ上げた。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

Tags:

お正月, ダイヤ, 大みそか, 家族, 手帳, 指輪, 日記, 本物

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