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Essay エッセイ

旅の途中

旅の途中

 近所にふらりと散歩に行くような気持ちで旅に出られたらいいと、いつも思う。なのに、いざ旅に出ようとすると、心がすっとかまえてしまって、なかなか平常心ではいられない。

「何か足りなくても何でも売っているんだから」と言われても、間に合わせで物を買うのが嫌で、完璧に荷造りをする。いかにも旅の素人のようで恥ずかしいが、知らず知らず力が入ってしまう。

 旅の途中は、新鮮な喜びや感動に包まれながら、どこか落ち着かない気持ちでいる。異国のめずらしい食べものや郷土料理のおいしさに驚きながら、すぐにいつもの味が恋しくなる。ホテル住まいのような暮らしに憧れているのに、宿についてもあまりほっとできない。その落ち着かなさが嫌いではなく、その落ち着かなさこそが旅なのかとも思う。

 旅の途中は、ふだんのわたしよりもよく歩き、よく食べ、よく喋り、よく笑う。気に入った場所を見つけるたびに写真を撮り、通りの名前やその土地の謂れや憶えておきたい言葉をメモする。何もかもをつなぎとめようと躍起になると、時の流れは意外とはやくて、いろいろなものが流されていく。出会った人も、ものも、思い出も。それでもいくつかの大切な断片が残り、それが宝物になる。

 どこへ行くか。どれくらい行くか。どこに泊まるか。何を見るか。何を食べるか。そのどれよりもわたしにとって大切なのは、誰と行くかだ。旅は愛する人と行きたい。でもかならずしもそうでないこともある。そんなときは、どんな素晴らしい景色を見ても、あの人が隣にいたらもっと輝きだすのではないかと思ってしまう。そうやって、遠く離れて愛する人を思うのもまた、旅のよさだ。

 旅に出るのも好きだけど、帰ってくるのも好きだ。行きも帰りも同じくらいわくわくする。どこかへ行きたいという気持ちと、ずっとここにいたいという気持ちが、わたしのなかでいつも半々だ。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

Tags:

ホテル, 愛する人, 旅, 異国, 郷土料理

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