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Essay エッセイ

春が来たら

春が来たら

 あなたのひと言で目が覚めた。冬の星座のようにくっきりと、気づかされた。ふたりが、こんなにも遠くにいたことを。

 ほんとうはずっと前から気づいていたのに、わざと見ないふりをしていた。あなたが隣にいると思い込むことで、なんとかここまで歩いてきたから。

 でも、あなたのひと言で目が覚めた。あんなことを、あんなふうにさりげなく、するりと口にできるなんて。ふたりは、ほんとうに遠く、遠く離れているんだ。

 今までもときどき、こういうことがあった。空に雷光が走り、一瞬ふたりのすべてが照らし出されるようなことが。それでも目をぎゅっとつぶって、耳を掌で塞いで、何もなかったように微笑んだのは、あなたと離れたくなかったから。

 でも、あなたのひと言で目が覚めた。雪が解けたら、春が来たら、ひとりで歩き出そう。ちゃんと顔を上げて、しっかり前を見て、向かい風に髪を預けて。誰かの腕にしがみついていたら見えない景色が、きっと広がっているから。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

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星座

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