top of page
梅田みか オフィシャルサイト
Essay エッセイ
海開き
海のある景色は、わたしのなかにある何かを呼びさます。それは、無限のように広がる自由の記憶だ。
毎年、五月の青い空を見ると、もう海に行きたくなった。まわりの誰とも、前もって来週や再来週の約束をする必要もなかったあの頃。携帯電話もなくて、一歩外に出れば何からも解放されたあの頃。容赦なく照りつける陽射しを怖がらなくてすんでいたあの頃。
朝起きて、天気がよくて、気持ちのいい風が吹いていたら「さあ行こう!」と誰かが声をかける。あるいは、真夜中に仕事を終えて、「今から行く?」と朝まで車を走らせる。
みんなそれぞれ、自分だけの「とっておきの海」があって、そこに連れて行ってもらう。地図の読めないわたしは二度とたどり着けないけれど、だからこそ景色だけがくっきりと蘇る。
寝不足の目にサングラスをかけ、パラソルの下で缶ビールを飲んでまどろむのが好きだった。バーテンダーをしている友達が、クーラーボックスにジンやベルモットやオリーブまで詰め込んで、砂浜でマティーニをつくってくれたこともある。海で飲むアルコールはいくら飲んでも夢のように消えてしまう。
日がな一日、何をするでもなく、ただ海にいる。どこまでも続く水平線を飽きずに見つめている。閉じた瞼の裏でオレンジ色の陽射しをいつまでも感じている。
今のわたしは、そんな自由を持ち合わせていない。以前ほど親しくないわたしを、海はちょっとよそゆきの顔で迎える。元気な真昼の太陽は遠慮して、ゆっくりと沈んでいく夕陽を眺める。そんなごくあっさりとした大人のつきあいも、また楽しい。
毎年海開きの季節には、あの頃と同じ潮風が、わたしのなかをさっと吹き抜けていく。
Photo by MUKAI MUNETOSHI
Tags:
5月, 海, 海開き, 潮風
bottom of page