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Essay エッセイ

眺めのいい部屋

眺めのいい部屋

 はじめてひとりで暮らすことを決めたのは、二十四歳になったばかりの春だった。

 今思うと、わたしは中学生ぐらいから何となくひとり暮らしに憧れていたようだ。古いフランス映画に出てくる、ちょっとアンニュイな女性の気ままな暮らしぶり。何時に寝て、何時に起きてもいい。朝ごはんを食べずにコーヒーと煙草ですませても誰にも叱られない。好きなものだけに囲まれて、足りないものはあっても嫌いなものはひとつもない。わたしが恋い焦がれたのは、ひとり暮らしのそんな自由さだった。

 住みたい街をあれこれ考え、理想の部屋に思いを馳せた。住宅情報誌にたくさんの星印をつけ、何軒もの不動産屋をたずね、ときには住みたいあたりを恋人と歩きながら、空いている部屋がないか探しまわった。自分の居場所を自分で見つける。その行為はまるで宝探しのようにわたしをわくわくさせた。

 あ、あの感じと似ている。そう思ったのは、このホームページを立ち上げることを決めたときだった。

 わたしはあのときと同じようなわくわくした気持ちで、自分の居場所を探しはじめた。どんな場所のどんな部屋でどんな暮らしがしたいのかを考えた。デザインをイメージし、何をそろえたらいいのか、必要なものをひとつひとつ選んでいった。まだまだ心地いい空間に整えていく途中だが、何とかお披露目できるところまできた。好きなものだけに囲まれて、足りないものはあっても嫌いなものはひとつもない、そんな部屋に仕上がった。

 人通りの多い、にぎやかなショッピングモールの一角ではなく、喧騒から少し離れた静かなところ。中は広すぎず、すみからすみまで見渡せて、自分で手入れしやすいシンプルなつくり。ドアを開けっ放しにする勇気はないけれど、鍵はかけないでおこうと思う。誰でも気軽に、ふらりと立ち寄れるように。

 今は誰も知らないこの場所に、いったいどれだけの人が訪ねて来てくれるのかわからない。まずはわたしが、ここでの暮らしに慣れることからはじめてみよう。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

Tags:

ひとり暮らし, 新しい, 部屋

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