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Essay エッセイ

秘密のわたし

秘密のわたし

 以前、ある女優と結婚した男性が話していた。

 妻の料理はとてもおいしいのだが、なぜか絶対につくっているところを見せてくれない。うっかりキッチンのドアを開けると大変な剣幕で怒られる。まるで、機織りをしているところを見てはいけない『夕鶴』のようだと。

 その話を聞いて、あ、わたしと同じだと思った。

 わたしも料理しているところを人に見られるのが苦手だ。料理が出来上がるまでのその過程を、できれば誰にも見られたくない。

 毎日の食事も、だいたい家族が帰ってくる前に仕度をすませる。来客のときは事前につくっておける前菜やサラダ、直前にあたためればいいだけの煮込み料理を出す。「お客様が来てから楽しくお喋りしながら、さっと手早く作った料理をその都度サーブする」なんていうもてなし上手には一生なれないだろう。

 幸せなカップルの象徴である「恋人と一緒に料理をつくる」というシーンも、実はあまり楽しめない。それなら彼に作ってもらって、わたしはワクワク待つほうがいい。もしくはわたしの料理が並んだテーブルを見せて、彼をびっくりさせたい。

 考えてみると、料理だけでなく、ほかのものすべてにおいて、そうだ。

 書きかけの原稿は誰にも見せないし、執筆中にパソコン画面を横で一緒に見られるのもいやだ。メールの文章を打っている携帯電話の画面を覗き込まれると思わずさっと隠してしまう。刺繍や編み物も、ひとりきりでコツコツ手を進めて、できあがってからサプライズプレゼントにするのが好き。

 何かを作っているところを見られるのは、なぜかとても恥ずかしい。誰にも見せたことのない秘密のわたしを見られてしまうような気がするのだ。特別、行儀の悪いやりかたをしているわけではないのだけど。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

Tags:

料理, 秘密

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