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Essay エッセイ

約束

約束

 大切な人との約束は、宝物のよう。

 その日が来るのが待ち遠しく、でも、来てしまうのがもったいない。

 前の日も、前の前の日も、前の前の前の日も、その日がだんだん近づいてくるのを眺め、その景色を楽しむ。息をととのえ、じっと目を凝らして。

 約束の直前まで、いろいろなことを考える。何を着ていこう。どんな靴を履いていこう。何を話そう。顔を見た瞬間に、なんて言おう。どんなふうに笑おう。

 約束の場所に向かう足取りが、自然とかろやかに、はやくなっていく、そんな道のりも好き。

 でも、その人に会ったとたん、あれこれ頭で考えていたことは全部吹き飛んでしまう。気取ったほほえみなどどこかに忘れて、満面の笑顔が広がってしまう。

 ふだんどおりに時が流れていくのが惜しい。このまま時間が止まったらいいのになんて、本気で考えている。今そこにいて息をしているだけで幸せだと感じられるひととき。

 ゆっくりゆっくり過ぎてほしいのに、いちばん大事なところで時は一気にスピードをあげる。

 大切な記憶は、全部この手にとどめておきたいのに、てのひらで汲んだ水のように、指の隙間から零れ落ちていってしまう。

 もしかしたら、その場面は幻だったのではないかと思うほど、夢にまで見た再会は儚い。

 だからわたしは、またすぐに大切な約束をしたくなる。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

Tags:

儚い, 約束

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