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Essay エッセイ

美人薄命

美人薄命

 友人の葬儀に出席した。あの頃と何も変わらない美しい遺影を、わたしはまともに見られなかった。もうこの世に彼女がいないと思うだけで、世界が少しだけ輝きを失ったような気がする。

 同級生なのに、憧れの人だった。彼女は、わたしが人生で最初に憧れた存在だったかもしれない。彼女のすることなすこと、片っ端から真似したくなるほど、素敵な少女だった。もちろん、彼女にそんな感情を抱いていたのはわたしだけではないだろう。ただ容姿がきれいなだけではなく、同性も異性も、惹きつけないではいられない魅力があった。それにくらべて、劣等感と自己嫌悪だらけの自分はちっぽけで、ある朝目が覚めたら、彼女と入れ替わっていたらいいのにと思ったことさえあった。

 とても近かったときも、ぶつかりあったときも、ずいぶん離れてしまったときもあったけれど、わたしにとって彼女は特別な友達だった。どの友達とより長く、交換日記をした。お互いの親に叱られながら、夜遅くまで長電話をした。おそろいの、白いリボンの形の髪留めをして学校に行った。修学旅行では、服を取り替えっこして着た。学校帰りに、はじめて内緒でマクドナルドに寄り道をした。彼女がカセットテープに録音してきてくれたベイシティ・ローラーズをイヤホンで一緒に聴いた。バレンタインデーには、放課後の廊下にそれぞれの好きな男の子を呼び出して、ふたりで同じチョコレートを渡した。彼女が選んだ、苦みのあるモカの入った大人っぽいチョコだった。

 ある日教室で、彼女はわたしの前でぱっと手を広げた。見ると、ワイシャツのボタンが並んだような彼女の爪が、水で濡らしたばかりのようにぴかぴかに光っている。「透明のマニキュアじゃないんだよ。爪磨きで、磨いただけなの」。そうっと触ってみると、よそゆきのエナメルの靴のようにつるつるしていた。「磨いてあげようか?」彼女が言い終わるか終らないかのうちにわたしはうん、うん、とうなずいていた。こっそりランドセルに入れてきた外国製の爪磨きセットを出して、専用のバッファーに粉をつけて、彼女がわたしの爪をきゅっきゅっと磨く。すると、わたしの爪は顔が映りそうなくらい光って、お姫様のような手になった。昼休みが終わっても、午後の授業が始まっても、ずっと自分の爪に見とれているわたしを見て、彼女はおかしそうにくっくっと笑った。「そんなに見なくても、また磨いてあげるよ」。彼女はそう言ったけど、次の日には爪を磨いてほしい女の子たちが彼女のまわりを取り囲んでいて、もうわたしの番はまわってこなかった。

 輝くような彼女の隣にいることは、自分の好きなところなど何もないような当時のわたしには眩しすぎて、ちょっと苦しかった。自然と少しずつ距離ができて、わたしはよく、遠くから彼女を見ていた。少し離れた場所にいても、華やかな彼女はすぐにどこにいるかわかったから。

 最後に会ったとき、彼女はわたしに言った。「これからだからね。これからは会えるでしょ」。彼女の言うとおり、いつでも会えると思っていた。だから会いに行かなかった。もっと早く、会いに行っていたら、彼女はわたしにどんな話をしたのだろう? 

 子供のように止まらない涙が恥ずかしく、早々に葬儀場をあとにした。美人薄命って、本当のことだったんだと、冷たい青い空を見上げながら思った。

Photo by MUKAI MUNETOSHI

Tags:

同級生, 憧れ, 美人

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