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Essay エッセイ
誰にも言わないでね
「誰にも言わないでね」と言われると、複雑な気持ちになる。誰にも言ってはいけない秘密をどうしてわたしに言う気になったのかと。誰にも言ってはいけない秘密を知ったわたしはどうすればいいのかと。「誰にも言わないでね」と言われても、誰かに言ってほしい場合もあるのはなぜかと。
「誰にも言わないでね」と言われたら、もちろん誰にも言わないつもりでいる。でも、何かの拍子にうっかり口にしてしまったらどうしようと不安になる。自分の秘密ならぽろっと喋ってしまってもかまわないが、他人の秘密はそうもいかない。
自分の心に、誰にも言えない他人の秘密など増やしたくないから、なるべく「誰にも言わないでね」と言われたくない。言われたら、できれば聞かないですむように工夫をする。それでも聞くことになったなら、かすかな緊張とともに心の片隅に仕舞う。誰もそこをこじ開けに来ないように祈る。そのうち、そんな秘密があったことも忘れてしまう。きっと、それを打ち明けた本人さえも。
本当に秘密を共有できる相手には、「誰にも言わないでね」と言う必要がない。わざわざ念を押さなくても、秘密の重みを瞬時にわかりあえる間柄で、ひっそりと内緒話を分かち合うのは楽しい。ときには、ひとりは大きな秘密ととらえ、もうひとりは小さな秘密と受け止める、そんなこともある。ほんのわずかなずれはいつの間にか大きな溝となり、秘密に翻弄されて離れていく仲もある。
秘密にしなければならないことと、秘密にしてはいけないこと。このふたつの約束ごとがきちんと守られていれば平穏だ。けれど近頃は、秘密の境界線が曖昧になってきたように思う。秘密にしなければならないことを暴露し、秘密にしてはいけないことを隠蔽する。安心できない世の中のはじまりかもしれない。
Photo by MUKAI MUNETOSHI
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内緒話, 境界線, 秘密, 翻弄